「ありがとう」



「あなた、コーヒーにします?それともお茶がいいかしら?」

「ん・・・あぁ・・・コーヒー・・・いや・・・一本つけてくれるか?」

「まぁ、お酒ですか?さっきもたくさん飲んだのに。」

「ははは、しかしなぁ、飲んだ気がしなくてね・・・。どうだ、母さんも一緒に一杯、ん?」

「そうですね、じゃぁ支度しますから先に着替えてて下さいな。
 あとでリビングにお持ちしますわ。」



     ☆    ☆    ☆    ☆


「はい、あなた。」

「あぁ、ありがとう。お、肴は刺身か。」

「ええ、冷蔵庫にあったものなんですけどね。」

「上等だよ。さ、母さん、ほれ、いっぱい。」

「ま♪それじゃ頂きますわ。」


お母さんが差し出したお猪口に父さんが程よい燗の酒を注ぐ

それをクッと飲み干すお母さん

今度はお母さんがお酌してクイっと飲むお父さん

ふぅっ・・・とため息をつく二人

その表情は何かしら寂しげでいて安心したような。







「・・・いいお式でしたね・・・披露宴もとっても素敵で・・・。」

「あぁ・・・あの南部君や相原君が中心になっていろいろ計画してくれたおかげだな。
 あの子も進くんもみんなからあんなに祝福されて・・・
 本当にいい式だったな・・・。

 しかしあの子が・・・あんなに綺麗だったとはなぁ〜・・・。」

「そうでしたねぇ・・・進さんと一緒に披露宴会場に入ってきた
 あの子を見たとき、私もそう思いましたもの。」


満面の幸せな笑顔の花婿と花嫁


我が最愛の娘、雪と その最愛の夫となりし 古代 進






「・・・少しだけ、寂しくなりますね。」

「なんだ、“少し”だけか?」

「ええ、“少し”だけですよ。ふふふ、あのこったら進さんと一緒に住み始めてからは
 たまにしか帰って来なかったじゃありませんか。

 昨日はさすがにこっちへ帰ってきて私たち三人で一緒に食事をしましたけど、
 今日からここがあの子の家じゃなくて、今住んでるあのマンションの部屋が
 あの子たちの家になった、それだけですよ。

 たまにしか帰って来ないことはこれからも同じでしょう?
 そう思えば今までとそんなに変わらないんですもの。
 ゆうべあの子がこの家で過ごしていったことが最後じゃないんだし。」

「やっぱり女親はそんな風にすぐに頭の切り替えが出来るもんかねぇ・・・。
 私はとてもじゃないが・・・。」

「いやだわ、あなたったら。だから言ったでしょ?私も寂しいのは寂しいんですから。
 もう本当にここがあの子が暮らしていく家じゃなくなって、苗字も変わっちゃって・・・。
 私たちの“娘”だけではなくなったんですからね・・・。」

「今度こそ・・・あの子は幸せになれるんだな、今度こそ。」

「ええ、ええ、そうですよ、今度こそ進さんと一緒に幸せになってくれますよ。
 そうなってくれないと待たされるだけ待たされてやっとあの子をお嫁に行かせた
 私だって納得いきませんわ!」

「まぁまぁ、落ち着きなさい。母さんが熱くなるととまらんからなぁ。」

そう言って徳利を傾けるお父さん

「まっ!あなたったら!」





しばらく二人で刺身を肴にしてお酒を飲んでいたが
お父さんがふと思いついて席を立つと、小さなボイスレコーダーを持ってきた。


「あなた、なんですの?」

「これか、ほら、あの子は今日の披露宴で“両親への感謝の手紙”の朗読を
 しなかっただろう?」

「ええ、“明るい披露宴にしたい”からって南部君に意見をして省略したんですよね。
 わざわざ涙を誘うようなことはしたくないからって。」

「進くんにご両親がいらっしゃらないことも考えてのことだったんだ。」

「ええ。」

「しかしな、あの子が今朝出かける前にこれを私に預けてくれてね。
『今日家に帰ってからコレを聞いてね』って。省略した私たちへの手紙の代わりらしい。」

「え?あの子がこれを?」

お父さんの言葉に驚いてボイスレコーダーを受け取って見つめるお母さん

「あの子ったら私には何も言わなかったのに・・・。」

「はははは、あの子なりになにか思うことがあったんじゃないのか?
 どうだ、今ここで一緒に聞いてみるか?」

「え・・・。」

一瞬ためらうお母さん しかし

「聞きましょうか、あなた。」

「ん・・・よし!」

お父さんがそっと再生ボタンを押す。


   『 ・・・パパ、ママ、改まってこんな手紙を二人の前で読むなんて照れちゃうし
     きっと泣いちゃうから・・・披露宴では手紙を読むのは無しにしたの、ゴメンね。
     でも最初はね、お手紙を読むつもりで気持ちをいっぱい詰め込んで書いたの、
     それを今から読むので聞いてね!』

昨日まで「森 雪」であった我が娘の声が再生されるのをじっと聞き入る二人

レコーダーからカサコソと手紙を広げている音が聞こえ、次に娘の声で
手紙の朗読が始まった

   『お父さん、お母さん、今日私は古代 進さんと結婚します。

    今まで愛情と真心で私を育ててくれて本当にありがとうございました。

    これからは進さんと一緒に・・・・・・・・・・・・。』




そこまで言った後しばらく沈黙が続く

「??雪?どうしたの?大丈夫???」

お母さんが今目の前に娘がいるかのようにレコーダーに声をかける


しばしの沈黙のあと再びレコーダーから娘の声が聞こえ始めた


    ああん、もうっ!一生懸命頑張ってお手紙を書いたのにぃ〜〜!

     やだぁ〜!まだ始めしか読んでないのに涙が出てきちゃったぁ〜〜!』


と、明らかな涙まじりの叫び声とも取れる娘の声が!

「まぁ!雪ったら!」

しんみりとした気持ちで聞いていたお母さんがつい吹きだす。

さらにレコーダーからクシュシュっと鼻をすすり上げる音のあとに娘の声が続いた。


    『・・・えへへへ、やっぱりこんな改まった堅苦しいお手紙はダメみたい。



     ・・・・・・パパ、ママ、長い間 私の花嫁姿を見せてあげられなくてごめんなさい。

     でもね、でもね、ほら、いろいろ大変だったからぁ!

     古代君もね、ずっと気にしていてくれたのよ。あの時あと三日で

     結婚式だって言う時になってあんな出発の仕方をしちゃって、

     それで私も勝手について行っちゃって・・・でもね、私・・・ずっと古代君と

     一緒にいたかったの!パパとママに心配かけちゃうことはすっごくよくわかってたの!

     古代君だって私を危険な目に遭わせたくなくて私を地球に・・・

     パパとママの元に置いて行こうとしたこともよーくわかってたわ。

     でも・・・でも・・・私は・・・たとえ帰って来れなくても構わなかったの!

     古代君と一緒に・・・一緒にいたかったの・・・古代君が行くなら・・・私も・・・。


     あの時は本当にいっぱい心配をかけちゃってごめんなさい!!


     それにね、古代君が死んだと思ったあの時、私も・・・一緒に死のうとしたの!

     その時真田さんが止めてくれていなかったら私・・・今ごろ・・・

     古代君がいないなんて・・・だって・・・古代君が死んじゃうなんて!!・・・
やだ・・・。

     だから・・・私・・・私・・・。

     ・・・パパとママからもらった大事な命なのに・・・ごめんなさい!』



「雪・・・雪・・・。」

お母さんは娘の声を聞きながらすでに涙が。

お父さんも黙ったまま目を閉じて聞いている。


     『それからもね、たくさんたくさん辛い事があって・・・

      地球も・・・宇宙もとっても大変で・・・ヤマトのみんなも辛くって

      でも・・・古代君が一番辛くって苦しかったの・・・

      たくさんの大事なものを失って・・・ヤマトだって・・・

      古代君が私たちの結婚を先延ばしにしてきた気持ちは

      もうわかってくれてるよね?パパ・・・ママ・・・。


      長い間待たせちゃって本当にごめんなさい。



      ・・・たくさん辛い事があったけど・・・古代君と二人で約束したのよ

      今度こそ・・・これからはずっと二人一緒に、二人で幸せになろうって。


      すっごくすっごく時間がかかったけど、やっと二人で歩いていけるの!


      パパ、ママ、私、とっても幸せよ!』



お母さんの目からあふれた涙が止まらない。

お父さんも懸命に嗚咽を堪えていて。

     
     『パパ、ママ、私ね、人に自慢出来る事が二つあるの♪

      一つはね、古代君と一緒に世界一、ううん、宇宙一幸せになれる自信があるってこと!

      私、古代君が大好き!古代君とならどんなに辛い事があっても 
 
      絶対に乗り越えていける!二人で一緒に幸せになれるわ!

 

      それともう一つはね、パパとママの娘に生まれることが出来たこと!

      ほんとよ!ウソじゃなくてほんとにほんとよ!


      私・・・覚えてるの・・・私が幼稚園の時に初めて描いたパパの似顔絵を

      パパがずっと嬉しそうに見ていてくれたことも、その絵を後から

      ミニファイルにしてカードケースにいれて今も大切に持っていてくれていることも!


      それにね、ママ・・・・・・ママぁ〜・・・。』



レコーダーの娘の声が涙で遮られているのを二人はしっかりと感じ取る。


      『・・・ママが・・・ずっと・・・パパと二人で私を・・・見ま・・・見守っていてくれたこと・・・

       小さい時・・・から・・・
ヒック・・・ヒック・・・あった・・・かく育ててくれたこと・・・

       ・・・
グスッ・・・私の・・・好きな道を・・・歩かせて・・・くれ・・・た・・・こと・・・。

       ヤマトに乗って・・・帰って・・・来れるかどうかも・・・わ・・・わからない

       旅に・・・送り出してくれたことも・・・
クシュ・・・ずっと待っていてくれたことも・・・

       二人が・・・私をとっても・・・大事にしてくれた事・・・感謝・・・しています・・・。』


涙で顔がクシャクシャになってしまったお母さんに
お父さんがさりげなくハンカチを渡す。
そのお父さんの目にも・・・。


       『ほんとなら・・・ヒック・・・本当なら披露宴でね、パパとママに・・・ちゃんと
 
        目の前でお手紙を・・・読むとか・・・御礼を言わなきゃいけないはずなのにね、

        ゴメンね、絶対泣いちゃうのがわかってたから南部君に言って

        お手紙を読むのは止めたのに・・・やっぱり泣いちゃった・・・えへっ!
グスッ・・・。



        パパ、ママ、今まで・・・・・・・・・本当にありがとうございました。

        でもね、私、まだお料理も下手だし、編み物もマフラーしか編めないの!

        だからこれからもいろんなことを教えて欲しいの!

        古代君においしいお料理食べさせてあげたいし、あったかいセーターも

        編んであげたいの!!

        ママ・・・教えてくれる??・・・・いいでしょ♪ね?ね??』



「まぁ・・・うふふ・・・あのこったら・・・本当にしょうがないんだから・・・。」


仕方なさそうに言いつつもお母さんの顔には笑みがこぼれて。


        『パパ・・・ママ・・・どんなにたくさん“ありがとう”を言っても

         パパとママにもらった愛情と心に感謝し尽せないことは十分わかっています。

         まだまだ何もご恩返しも出来ないけど・・・ 

         パパ、ママ、本当にありがとう!!

         これからもずっとパパとママが大好きよ!♪

         パパとママの娘でいられてほんとに嬉しいの!ありがとう!!』




「パパこそ・・・お前が生まれてきてくれて本当に嬉しかったんだよ、雪。ありがとう・・・。」

「あなた・・・。うふふ、本当にそうですね。」


感慨深げな二人が目を合わせてそっと微笑む。

するとレコーダーから小さく家の玄関チャイムの音が聞こえる。



        『あ、もう古代君が迎えに来ちゃった!!!

         教会に行く前にね、これから二人で連邦総務局の支部まで

         婚姻届を出しに行くの♪・・・・・・パパ・・・ママ・・・

         苗字が変わっても・・・二人の娘で・・・いていいよね?』



「当たり前じゃないの!雪ったら!」

苦笑するお父さんとお母さん


        『それじゃ・・・パパ、ママ、行ってきます。

         後で教会で会いましょうね♪・・・あ、そっか!

         パパとママがコレを聞くのは全部終わってからだっけ!

         おうちに帰ってからよね。ああん!最後までドジしちゃった!


         ・・・・・・・・・じゃ、もう一度。

         パパ、ママ、本当に今までありがとうございました。

                行ってきます!

         古代君と必ず幸せになるから、安心してね♪

                     大好きなパパとママへ

                              雪より 』




聞き終えた二人がそっとハンカチで涙を拭う

「雪・・・ママこそあなたに“ありがとう”を言わなくちゃ・・・
 私たちの娘に生まれてくれて・・・ありがとう。雪・・・。」


ついさっきまで純白のウェディングドレスに身を包み幸せの笑顔を見せていた
娘を思い浮かべる二人

その笑顔がなによりも示しているだろう

娘が 最愛の我が娘が これから先の人生を選んだ愛する男性(ひと)と幸せになることを

それまでの辛く苦しかった事をすべて吹き飛ばせるほど幸せになることを





     幸せにおなり 雪

      私たちも心からお前に同じ言葉を送るよ


                ありがとう   雪    幸せに

                                               (2005・8・30更新)

                    < 終わり >


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