「 いつまでも・・・・・・」
冬の朝
昨日までの曇り空と強い風が嘘のように今日はよく晴れて暖かい。
「おーい、雪!用意は出来たのか?」
「はーい!お待ちどうさま!」
そう言って部屋の奥からパタパタとスリッパの音を立ててやってきた雪。
今日この日のために俺がプレゼントした白いコートに
雪が気に入っているというライトグレーの長いスカート。
そして雪が・・・家庭科系のことはからっきし苦手だという雪が
忙しい仕事の合間を縫って長い長い日にちをかけて編んだマフラー。
ペアで編んでくれたマフラーの一本を俺の首に巻いてくれる。
「ん、あったかい!」
「うふふ、よかった♪」
俺の率直な感想に雪は照れたように、それでいて満面の笑みを返してくる。
「さ、行くぞ。」
「はい!」
玄関ドアをロックし、駐車場に止めてある車に乗り込むと
俺は滑らかに発車させた。
走り出して数分・・・。
いつもの二人ならカーオーディオから流れてくる曲を聴いたり、
ラジオのDJの軽快なトークに笑いあいながら目的地に着くまで
いろんな話をしているのに
今日は俺も・・・雪も・・・何も話さない・・・。
けど、時折シグナルで止まった時に隣の雪を見ると
今まで見たことも無いような、いつもよりもっと可愛い微笑みで
俺を見つめ返してくれる。
何度目かのシグナルで止まった時、雪がそっと口を開いた。
「うふっ・・・古代君ったら・・・。」
「え?俺がどうかしたか?」
「家を出てからずっと口元が緩みっぱなしなんだもん。」
「えぇっ?そ・・・そんなことないよ!それなら雪だって一緒じゃないか!」
「ん・・・もうっ!バカッ!」
そうやって照れくさそうに笑う雪がこれまた可愛いんだ。
これが走ってる車の中じゃなかったら、俺、絶対に・・・あ・・・いやいや・・・。
走り始めてしばらくして俺たちは目的地に着き、
パーキングエリアに車を止めた。
「さてと、雪、着いたぞ。」
助手席側のドアから雪が降りてくる。
日差しが眩しいくらいに明るくて、暖かくて、空気も澄み切っている。
俺たちが着いた場所、それは・・・。
『地球連邦総務局アジアエリア日本支局・関東中央都市支部』
随分長い名前のこの巨大な建物の中の「戸籍部」に俺と雪はやって来た。
そう・・・「婚姻届」を出すために。
その大きな建物を思わず見上げた俺の左腕に雪が自分の腕を絡めてくる。
「古代君・・・。」
「よしっ!行くぞっ!」
入り口前の階段を上がり中へ入った俺たちは
案内表示に従って「戸籍部」のフロアーにたどり着く。
コンピューター管理が進んでいるために職員の数は少なく、
俺と雪はそのフロアーにある「諸届登記受付」と書かれたブースへ。
いくつかあるブースの中から「空席」を見つけ、
二人で中に入ってドアを閉めた。
目の前には「住所変更」や「出生届」などの届け出をするための
端末とモニター、そしてイスが2つある。
そのイスに腰掛けてまず俺がモニターに映っているメニューから
「婚姻届」を選択した。
モニターの指示通り、まず俺が「古代 進」であるという証明に横にあるレンズに
目を当てて『眼底網膜』を、そしてスキャンシートに『指紋』を読み取らせる。
するとモニターに俺の名前や住所、住民ナンバーが出て
俺が「古代 進」であると確認したとのメッセージが流れた。
そのあと、さらに細かい必要事項を指示に従い入力していく。
俺の入力が終わって雪と交代し、同じように雪も個人認証と
入籍に必要な項目をひとつひとつじっくり確認しながら入力を済ませ、
最後の「婚姻届 届出確認」の指示に雪が俺の方を見る。
「いいか、雪。押すぞ。」
「はい!」
二人で合図しあって俺の手を雪の手に重ねるようにボタンを押した。
数秒の間のあと・・・。
『おめでとうございます。古代 進 さんと 森 雪 さんの
婚姻届は ただ今を持ちまして登録が完了・受理されました。』
と、スピーカーから音声が流れて来た。
そしてツィーンと静かな音とともに「婚姻証明書」がプリントされて出てきた。
さっき入力した住所や生年月日などの下に並ぶ文字。
夫 古代 進
妻 古代 雪
俺の名前の下に「妻」として書かれた俺と同じ苗字になった雪の名前・・・。
俺の「妻」・・・古代 雪
この三つの文字を見ているうちに背中を一気に駆け上がってくる
快感にも似たゾクゾク感は何なんだろう!?
「興奮」?「感動」?「感激」?・・・いや、「狂喜乱舞」の「狂喜」だ!
嬉しいんだっ!たまらなく嬉しいんだっ!!
あの長い航海から帰って来て赤茶けた地球を前に
死んだと思っていた雪が蘇った時よりも
辛かった戦いの後に地球で雪と再会した時よりも
初めて雪を抱いた「あの夜」よりも!
もっと!もっと!嬉しいんだっ!
雪が同棲中の「彼女」から俺の「妻」になった瞬間なんだっ!
横から婚姻証明書を覗き込んでいる雪にそれを手渡してあげると、
やはり同じように書かれた文字をじっと目で追ってから
その証明書をキュッと胸に抱きしめた。
「嬉しい・・・やっと・・・。」
「雪・・・。」
そんな雪を見て俺ももっともっと嬉しくなって
横に座る雪の肩を抱き寄せた。
「ずっと待ってたの・・・今日を・・・。」
「俺もだよ・・・雪。」
俺だって・・・なのに、俺のわがままでずっと先延ばしにしてきて・・・
待たせてばかりいた・・・。
少しの間だけ雪と寄り添っていたけど、どちらからともなくそっと体を離した。
「・・・行こうか。君の着替えって時間がかかるって聞いてるぞ。」
「ん・・・。」
そして俺たちは支部を出た。
冬の暖かい日差しがとっても心地いい。
来た時のように雪が俺の腕に自分の腕を絡ませる。
「やっぱり直接ここへ来て届けをしてよかったよ。同じ届けでも
家の端末からするのとじゃ実感が違ったろうな。」
「ええ、私もよ。一生のうちで一番大事な届け出だもの。
でもとっても簡単に済んじゃって意外だったわ。」
「拍子抜けした?」
「うふふふっ!ちょっぴりね。」
そう、俺たちの時代には公的な届け出はわざわざ機関へ出向いて行かなくても
自宅の家庭用端末から出来るようにはなっている。
でも、やっぱり二人でここまで婚姻届を出しに来たくて、
ちゃんと結婚式の日に届けを出したくて
こうしてやって来たんだ。
パーキングエリアまで歩いて来た時、俺はどうしても我慢出来なくて、
「雪っ!!」
「あっ!!」
力いっぱい雪を抱きしめてキスした。
「・・・雪・・・ずっと・・・君を大事にするから・・・今までの分も・・・ずっと・・・。」
「・・・私・・・もうずっと大事にしてもらっているわ。とっても幸せよ。」
「これからもっとだ!もっと二人で幸せになるんだっ!」
「嬉しいっ!!古代くんっ!」
「雪っ!!」
もう一度雪をぐっと抱きしめて、俺は気づいた。
「こら、雪!“古代君”じゃないだろ?雪だって“古代”になったんだから!」
「あっ!」 とたんに雪のほほが真っ赤になる。
そんな雪が可愛くて愛しくてたまらない!
「あ・・・“進さん”・・・?」
「そうそう!」
俺の今の顔、他人が見たら絶対に壊れてるだろうな。
そうして俺たちは車に乗り込み、午後から結婚式を挙げる教会へ向かった。
「急がないと南部君たちを待たせちゃうわね。」
今日の俺たちの結婚式と披露宴は南部や相原たちが中心になって
いろいろと準備をしてくれたんだ。
それはすごく有難くて、南部たちみんなの気持ちにはとても感謝している。
感謝はしているんだ・・・ただアイツらの性格からして俺がどんな風に
“料理”されるのか一切こっちに伝えられていない不安を除いて・・・。
けど今は気にしない。こうして隣に「妻」となった
雪を乗せて走っている間は。
雪・・・俺の妻・・・俺の・・・嫁さん♪
絶対に離さないっ!何があっても二度とこの手から君を離さないっ!
ずっと一緒だからな!いつまでも・・・・・・。ずっと!
《 E N D ♪ 》
(2004・1・15初出)
2004・9・2
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