『 一 寸 進 』
(一)
むかーし、のどかな田舎の村に一人の男の子がおった。
その男の子の名前は「進」と言ったが
進の背丈はどうしたことか、ものすごぉ小ぃそうてな、
父親の手の親指ほどの大きさしかなかったので
村のみんなは進のことを「一寸進」と呼んでおった。
しかし、おっ父は進に言った。
「心配するな、お前はじきにおっ父たちと変わらんぐらいにでっかくなる!」
おっ母も言った。「んだ、なんも心配するこたぁねぇ。さ、メシ腹いっぺぇ食え!」
だから一寸進はいっつも、いっつも腹いっぱい食った。
腹いっぱい食って、畑仕事も手伝って、ともだちのカブトムシやクワガタムシ、
アゲハ蝶たちとも仲良く遊んだ。
そして一寸進は夕陽の頃になると毎日、毎日、家の庭に生えている大きな木に登って
ず───っと向こうまで流れている川を見るのが大好きだった。
「あの川の向こうにゃ、一体何があるんだべや・・・。」
晩めしをみんなで食っとる時に一寸進はおっ父に訊いてみた。
おっ父が言った。「あの川を船に乗って下って行くとな、都があるんじゃ。」
「“みやこ”?おっ父、“みやこ”ってなんだ?」
「都というのはな、人がたーくさん住んでおってな、大きな屋敷がいっぱいあって
それはそれは賑やかなところなんだよ。」
「この村にだって人がたーくさんおるべや。裏のごんべぇさんとことか、
ほら、向かいの彦作どんのとこにゃ子どもが十人もおるべ。」
「いんや!もーっともーっとたくさん、数え切れんほどおるんじゃ。」
「なにっ?もーっともーっとたくさんおるのか?」
一寸進はぶったまげた!
ぶったまげた一寸進を横目におっ父は続けた。
都には大きな屋敷がたくさんあってな、書を学び、剣術を身につけた立派なお侍や
商売に精をだす商人(あきんど)、もちろんわしらのように田畑でうまい作物を作っとる人も
おるし、身分の高〜い“貴族”と呼ばれる人もおる。
そりゃぁいろんな人が数え切れんほどおるんじゃ。
「“みやこ”ってそんなにすんげぇとこなんか?・・・おいら・・・、
おいら、“みやこ”に行ってみてぇっ!!
おっ父!!おっ母!!おいら、“みやこ”に行くっ!!決めたっ!」
びっくりこいたおっ父が湯のみを落っことして、おっ母が茶わんを落とした。
「こりゃ!進っ!いきなり何を言い出すんだっ!!」
「んだ!進っ!都なんつーそったらおっそろしいとこ、行ってはなんべっ!」
「いやだっ!おっ父!おいら決めたんだっ!“みやこ”に行くっ!」
「だめだ───っ!!」 ガッシャーン! おっ父がお膳をひっくり返した。
「行く───っ!!」 ゴロゴロゴロッ!一寸進は転がってきた汁椀をヒラリとよけた。
「ダメだとゆーておろーがっ!!」
「行くってゆーておろーがっ!!」
「ダメだと言ったらダメだ───っ!」
「行くって言ったら行くんだ───っ!」
「だ・め・だ───っ!!」
「行・く・ん・だ───っ!!」
ぜぇっ・・・ぜぇっ・・・ぜぇっ・・・ぜぇっ・・・ぜぇっ・・・。
はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・。
「・・・どうしても・・・行きたい・・・のか・・・。」
「・・・行きてぇ・・・行って・・・もっと立派な・・・人間に・・・なるだ・・・。」
おっ父はしばらくじーっと一寸進を睨んでいたが、
ふ───っと息をついてそのごっつい手で進の頭をなでた。
「・・・なら、行って来い、進・・・。」
「おっ父!!ええのかっ?」
「ああ、その代わり立派な人間になるまでは決して弱音を吐くでないぞ。」
「うんっ!!おいら、がんばるだでっ!!」
ふと見たら・・・おっ母が泣いてる・・・。
「おっ母・・・おいら・・・。」
「・・・ええんだよ、進・・・。お前もこうやって一人前になってくんだねぇ・・・。」
おっ父が転がった汁椀を拾い上げた。
「おっ母、この汁椀もらうでな。進の舟をつくってやるだ。
こんなこともあろうかと前から考えていたことがあるでな。」
「あいよ、ええだよ。」
「こりゃ、進、ええか、おっ父が今からお前の舟を作ってやるでに
決して仕事部屋をのぞいたり、入ったりしてはいかんぞ!」
「なんで?」
「なんででもだっ!」
「おっ父、“鶴”になるだか?」
「なに、鶴だと?」
「んだ、だって仕事してるとこをのぞいたらいかんのだろ?
そりゃおっ父が正体現して鶴になって、こう、羽をむしってばったん、きっこんと
夜通し機を織るんだべ・・・。」
がこっ!
おっ父のゲンコツを脳天に食らった。
「☆☆!!〜〜ってぇ〜〜〜〜!!」
「お前が部屋に入って来っと、わちゃわちゃと邪魔ばかりするからだっ!
こないだも研いだばかりの包丁で漬物石を切ろうとして刃をボロボロにしちまっただろうがっ!!
鶴になったのは隣のおつうさんだっ!!!いいなっ、入るでねぇぞっ!!」
「・・・ふぇ〜〜〜〜〜い・・・。」
その日からおっ父は仕事部屋にこもった。 ずーっとこもった。
トンテン!カンテン! ギガガガギガッ! グリグリッ!
コリコリコリコリッ! ピキュッ!ピキュッ! ギュ〜〜〜〜〜〜ン!
仕事部屋からはずっとこんな音が聞こえてくる。
「・・・おっ父、メシも食わんで大丈夫だか?」
「ああ、心配せんでええだ。それより、ほれ、進、この着物を着てみろや。」
「うわぁっ!おっ母、着物縫うてくれただか!」
おっ母が旅立つ息子のために心を込めて縫い上げた着物・・・。
一寸進はそっと袖を通してみる。
「おぉ、おぉ、よう似合うとる。進、よう似合うとるよ。」
大きさも一寸進にちょうど合っていて、襟のところにうまく
赤い矢印の模様が出るように仕立ててあった。
「おっ母、ありがとう。」
一寸進はその赤矢印をすっとなでた。
ガタタンッ! 仕事部屋の戸が開いておっ父が出てきた。
何日もこもりっぱなしだったから少し頬がこけている。
「おっ父っ!だ・・・大丈夫だかっ??」
「・・・ああ、心配はいらん。それより進、ちょっと外へ出ろや。」
一寸進はおっ父の後について家の外に出た。
「進、これに乗ってみろ。」
「おっ父・・・これがおっ父の作った・・・。」
「そうだ、“お椀の舟”だ。」
一寸進は思わずその舟をじ───っと見上げた。
「すっげぇ〜。」
おっ父が何日もかけて汁椀から作ったその舟の正面には
デッカイ穴が開いていて(・・・一寸進には汁椀の“正面”とやらがどっちなのか
ようわからなんだのだが、おっ父にそんなことを訊くと
またゲンコツを食らいそうなのでやめたのだった。)
なんでもこの穴は『はどうほう』とか言うブッたまげるような
力を持っている武器なんだと。
で、どうにかこうにか舟によじ登ってみて一寸進はまたブッたまげた!
そこには三本の『ほうしん』って言うのが並んでついていて
この舟を動かす“操作ればー”っつーものもあった。
「ええか、進。この正面の『波動砲』も三本の『砲身』もお前の操作次第で
強力な武器になる。 これを乗りこなし、使いこなせるようになれば
必ずお前の危機を救ってくれるはずだ。」
「ありがと!!おっ父!よーし!おいら、都でがんばるでなっ!」
「そのためにも今から舟の操作の特訓をするぞ。」
「へ??特訓???」
「当たり前だ。説明を聞いただけでコイツが扱えるほど
生やさしいもんでねぇ。てってー的に教え込んでやるぞ。」
そしてその日から鬼と化したおっ父のしごきが始まった。
「ばっかも───んっ!そうでねぇべっ!右だ、右ーっ!!」
キュ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!
「うわわわわわわっっ!!!」
「よし、次はもう一度飛行の操作の復習だ!」
キュンキュンキュンキュンッ! ずももももももっっ!! シュバ───ッ!!
「げげげげっ!!!」
「進っ!左だ──っ!真上だ──っ!そのままキリモミ急降下────っ!!!」
ギュルルルルルルルルルルルルルル─────ッ!
「どおおおおぉぉおぉぉお〜〜〜〜っ!!!」
「次に着地だ!ゆっくり“ればー”を引いて降りるんだ。」
「え?・・・こ・・・こうか?」
ガコン! ゴトゴトッ! ヒュ───ン! バシャッ!
「馬鹿ものっ!誰が川に“落ちろ”と言った!地面に“降りる”んだっ!」
「・・・ったらこと言われたってぇ〜〜〜。」
・・・そんな血と汗と涙の厳しいおっ父のしごきに耐え、
一寸進はようやく自由自在に“舟”を乗りこなせるようになって
とうとう都へ向けて旅立つ日がやって来た。
「んじゃ、おっ父、おっ母、おいら・・・行くだで。」
「あぁ、進、体に気ぃつけるんだよ。」
おっ母が作ってくれた握り飯を“舟”に積んだ。
「進、立派な人間になってけぇってこい。おっ父はその日を待っとるでな。」
「うん!おっ父もおっ母も達者でな。」
川にうかべた“舟”に乗って一寸進はまっすぐ都を目指して旅立った。
「進〜〜〜っ!!辛いことにも負けるんじゃないよ〜〜〜〜っ!!」
「がんばれよ〜〜〜〜っ!進〜〜〜〜っ!」
おっ母とおっ父に見送られて、一寸進は住み慣れた田舎の村から
少しずつ、少しずつ離れていった。
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