(二)

長い長い長い時間、舟で川を下った一寸進はようやく人がたくさん、たくさんいて
田舎じゃ見たことのないデッカイ家がこれまたたくさんならんでいる都に着いた。

「ふうぅっ・・・。やっと着いただか。どれ、・・・この舟は・・・っと。」

一寸進が「操作盤」の“ぼたん”を一つ、ポチッっと押すと

    ギ───ッ  がしゃこんっ!がしゃこんっ! カシ──ン!!

と、お椀のお舟の下から四つの車輪がせり出した。

一寸進はその車輪の軸に太い縄を通すと川から舟を引き上げ、
がらごろ、がらごろと引っ張りながら都の中を歩き出した。

「う〜〜ん、おっ父やおっ母に都のことは教えてもらったけんども
 こんなに人がたくさん人がいて、でっけぇ家もたくさんある。
 さ〜〜〜て、これからどうすべぇや・・・。」

一寸進はおっ父に言われた言葉を思い出す。

   『ええか、進、都に着いたらまず一番でっかいお屋敷をさがせ。
    でっかいお屋敷っちゅーのはたいがい都のえら〜〜〜いお方の
    住んでおられるところじゃて、そこでお世話になりながら
    こつこつ働いて立派な人になる勉強をせぇ。ええな!』

「おっ父もそうゆーとった。よし!一番でっかいお屋敷を捜すぞ!!」

そう心に決めた一寸進は、がらごろ、がらごろと舟を引っ張りながら
あちこち都の中を捜し歩いた。

どれくらい歩いたろうか、一寸進はどどーんとでっかい門の前に来た。

「うっわぁ〜〜〜!なぁ〜んてでっけぇ門だや!よぉし、ここに決めたっ!」

一寸進、門にむかい、ぬんっ!!と胸を張って大きく息を吸うと
渾身の力を込めて大声で叫んだ

「た───のも───っ!」

           し  ───  ん 

中からは何の返事もない。  もう一度思い切り叫ぶ。


「た───のも───っ!」


・・・しばらくして大門の横の小さな通用口がギーッと開いて
中から小柄な男がひょっこり顔を出した。。

一寸進はその門番とおぼしき男と目が合い、腹に力を込めて名を名乗った。

「おいらは川上の村からきた進っつーんだ!このでっけぇ屋敷で
 働かせて欲しいんだ!おいらを雇ってもらいてぇっ!!」

門番の男がじ───っと一寸進を見下ろす。

「なんじゃぁ!えらく小っせぇ男じゃのう!」

「ああ!おいらは背が小っせぇから村のみんなから“一寸進”と
 呼ばれとる。けど、おいら一所懸命働くでに、おいらを雇ってくれっ!」

「ほほほぉ〜、体は小さいがやる気はあるようじゃのぉ。
 待っとれ、ご当主さまに伺ってやるからの。」

そう言って門番は一度中へ入っていったが、しばらくすると別の
武士らしい男が出てきて、一寸進はその男に屋敷のご当主夫妻の元へ案内された。

こちらのご当主とは都の大臣職についておられる「森」という
ご苗字の方で、ご当主どのと奥方さまは一寸進を見てたいそう驚かれた。

しかし、この屋敷で働き、立派な人間になるための勉強を
懸命に頑張ると訴える一寸進のその真面目な態度から、熱意と
責任感の強さをくみとり、お屋敷で雇うことをお決めになられた。

ただ、今まで田舎で暮らしていた一寸進はまだまだ読み書き、算術の
勉学が出来ていなかったので仕事をする一方で、
ご当主夫妻が目に入れても痛くないほどに可愛がっておられる
一人娘の姫君の家来となり、その姫君にさまざまな学問を教わることになった。

「それでは一寸進、そなたに姫を会わせるとしよう。」

ご当主のそばに控えていた家来が姫にこの部屋へおいでになるよう
伝えるために部屋を出て行き、しばらくして部屋の障子が侍女によって
音もなく開けられると、一人の女性がしずしずと入ってこられた。


      ご当主夫妻の姫君、 雪姫さまであった。


雪姫さまはご当主夫妻に向かって三つ指をおつきになる。

「父上さま、母上さま、お呼びでござりますか?」

「雪姫、今日からこの若者をそなたの家来としてつかせることにした。
 この屋敷で働く傍ら、学問と武術の勉強をしたいと申しておるゆえ、
 姫、そなたがこの若者に学問を教えてやりなさい。」

ご当主のお言葉に雪姫さまが一寸進を見る。

「まぁ、とても小さくていらっしゃいますのね。」

雪姫さまは優しく微笑んでおっしゃるのだが、当の一寸進はと言うと
口をポケーッと開けたまま、雪姫さまを見上げ固まっている。


(か・・・かっわぇぇ姫さまだぁ〜〜〜っ!!)



     世にこれを『一目ぼれ』という。



「どうしましたか?そなたの名はなんと申すのですか?」

「えっ?あ・・・す・・・す・・・進って言います・・・。」

一寸進の顔がみるみるうちに梅干のように真っ赤になる。

「ふふふっ、進ですね。この屋敷には武術に長けた者が大勢おります。
 しっかりと教わって精進なさい。学問はわたくしもまだまだ師の元で
 学んでおりますゆえ、ともに励みましょう。

「は・・・はいっ!!」  カチコチに固まった一寸進がやっとのことで返事をする。

こうして森大臣のお屋敷で、一寸進の都暮らしが始まった。

(三)

一寸進はこの屋敷に来た時に最初に会った門番の酒造どんの部屋に住まうことになり、
毎日、毎日すべての仕事に励んだ。

そして剣術の稽古も、読み書き、算術も、田舎にいるときには
知らなかった学問もたっくさん勉強して覚えた。


おっ父が作ってくれた舟は部屋に大切に置いてある。

一日の仕事が終わって寝床に入ると、一寸進はその舟を見ては
懐かしいおっ父やおっ母、田舎の風景を思い出すのだった。

「おっ父、おっ母、おいら・・・がんばってるでな・・・。」

そしてお守り代わりにずっと肌身離さず持っている“りもこん”を
取り出してそっと撫でてみる。

「おいらに危ないことがある時にはこの“ぼたん”を押せば
 あの舟がすぐにそばに飛んでくるってゆーとったな・・・。

 おっ父・・・今はまだ“りもこん”を使わにゃならんような事はねぇだ。
 お屋敷のみんなも、おいらに親切にしてくれてるべ。

 おっ父・・・おっ母・・・安心してくれろ・・・。」

布団から起き上がって“りもこん”を懐にしまうと、
月明かりが射す縁側に出てみた。

「おっ父もおっ母ももう寝たかなぁ・・・。

 おっ父って村一番手先が器用でなんでも自分で作ってしまうでな・・・。

 村のみんなも困ったことがあるとおっ父に『志郎吉(しろきち)どん、
 こりゃぁ、どうしたらよかんべかぁ?』って言って頼りにしていたっけ・・・。

 おいらもおっ父みてぇにみんなから頼りにされる人になりてぇべっ!!

 がんばるしかねぇべな!!がんばるだでっ!!

 そいでもってあのきれいな姫さまと・・・夫婦(めおと)になりてぇべっ!!

 ・・・けど・・・おいら・・・背が小ぃせぇし、姫さまはおいらのご主人で・・・
 おいらは家来で・・・。

           はあぁあぁ〜〜〜〜・・・。

 んでも、おいら、あきらめねぇっ!人間努力すればそれだけいい結果が
 出るって雪姫さまも教えてくれたでねぇべかっ!

 んだ!頭でうだうだ考えても仕方あんめっ!!さ、もう寝よ!寝よっ!」

     ・・・これが毎晩繰り返される一寸進の寝る前の“ぱほーまんす”だった。


        
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