<<約束>>

(1)


『帰って来たら、お兄ちゃんのお嫁さんにしてね。』



あと1週間でヤマトが帰ってくる。
地球と私たちの未来を乗せて。



本物の青空が見られるようになって、海には水が戻ってくる。
山や森には鳥たちの鳴き声がして、かわいいお花もたくさん咲いて。

夢に見た、夢のような毎日が始まる。

夢のような・・・

夢・・・


最初は軽い眩暈だった。
薬を飲んで少し横になると治まった。

だけど・・・その薬ではすぐに抑えられなくなった。

何度も種類を変えられて、どんどん量も増えていった。

毎日繰り返される点滴と注射。

ただでさえ血管が出にくい私の両腕は、あっという間に紫色になって腫れ上がった。

それでも・・・痛くても治療されている間は、希望があった。


――― もしかしたら、もしかしたら・・・!―――


私はもう小さな子供じゃないわ。
自分の命の期限が普通の人より短いことは、ずっと前から知っていた。


でも、この薬の苦さをがまん出来たら元気になれるかも。
この注射の痛さに耐えられたら、外に出られるかも。
この副作用の辛さを超えられたら、お兄ちゃんに会えるかも。

そんな希望をもってがんばってきた。


けれど・・・

今はもう、まぶたを開けていることさえも、とっても重く感じる。
今、ここでこうしていることさえ、夢なのか現実なのか・・・
そんなことさえ、わからなくなってくる。

・・・私はあとどれくらい?
10日かしら?1週間?・・・それとも3日?
いいえ・・・1日なの?


不思議ね。
もうきっと外に出ることも、起き上がることさえできないと思っても、
悲しくないの、辛くないの。


同じ病室にいたお友達。


私たちは同じような病気だった。

分かりやすく言えば、遊星爆弾による放射線病。
中には元気になって退院していく子もいたけど、
ほとんどの子は、朝になるといなくなっていた。

その前の日まで図書室で一緒に本を読んでいた一番仲良しだった女の子。

夕方になって検査があるからって、車いすで病室を出て行って・・・

それっきり・・・二度と私の隣に戻ってくることはなかった。

その子がいなくなって、初めて私は怖くなった。

それまでだって感じなかったわけじゃない。
だけど、その子がいなくなって『死』というものが、
初めて私の目の前にぶら下がった。


次は私?私なの…?!


どうしてなの?私が一体何をしたっていうの?
何か悪いことをしたのかしら?


元気だったのは物心がつくまでのこと。
気が付いたら家と病院の往復で、小学校3年生になる頃には、
病院から出られなくなっていた。

それでも…生まれた時から、ずっとここにいる子に比べると、私はまだ幸せなのかも知れない。

だけど…私たちが何をしたっていうの?

それとも、生まれてきたこと自体が悪かったでもいうの?

人は誰でも死ぬんだと
生まれた瞬間から死に向かっているんだと、本で読んだことがある。


そうね、そうよね。
永遠に生き続けることなんて出来ないんだから。


でも…それは…
ほとんどの人たちは、おじいちゃんおばあちゃんになってからのことでしょ?

いろんなところへ行って、いろんなものを見て、
美味しいものをたくさん食べて、好きな人が出来てその人と結婚して…


そのずっとずっと後のことでしょ?


ここにいる私たちは、その中の一つ事も叶わないの?


そんなことをはっきり自覚したとき、自分が生きている意味がわからなくなった。


薬漬けの毎日、限られた空間、限られた命…!

だるさは感じることがあっても、今はご飯だって自分で食べられる。
お母さんやお父さんとも話も出来る。
廊下を歩くことも、体調の良い日は屋上にだって行ける。

だけど、そのうちそう遠くない将来苦しみがやってくる。

点滴に繋がれて、起き上がるどころか息をするのにも
機械に頼らなければならない日が。

だったら、だったら!
どうせそうなるのなら、その苦しみがやってくる前に…

それに、放射能汚染がもっと進めば私たちは真っ先に見捨てられる。


一年と少し前、私はそんなことを考えるようになっていた。
そして、そんなある日私はお兄ちゃんに出会ったの。

        

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