(3)

―― ごめん…――


辛そうなお兄ちゃんの目が、もっと長いことを語っていた。

「ひなちゃん、俺は…1年、地球に帰って来られない。」


1年…!!


その後のことは、記憶が途切れ途切れで余り憶えていない。


憶えているのは、お兄ちゃんが宇宙戦士で
ブラックタイガーという、艦載機隊の隊長だったということ。

そして、ヤマトという宇宙戦艦で地球を救うために遠い遠い星まで行くこと…。

お兄ちゃんは言葉を失った私に、自分のネームタグを握らせて言った。



「約束だ、ひなちゃん。1年したら、またここで会おう。」



1年したら…?1年…。

無理よ!そんなこと…!!

私は1年も生きられない!
今、ここでこうしてお兄ちゃんといることさえ奇跡に近いって言われているのに…!!


「ひなちゃん…。」

「無理よ、そんなの…。お兄ちゃん知っているんでしょ?私の病気のこと…」


今日が最後…。

そう思うと、無意識のうちに涙が溢れた。

明日からまた何の希望もない、何の楽しみもない毎日に戻るの?
ただ、毎日ベッドの上で過ごすだけの…そうして…

「諦めるな!」

お兄ちゃんは強くそういうと、私を抱き寄せた。

「だって…」

「諦めるな、絶対に諦めちゃダメだ。いいか、ひなちゃん
 俺とヤマトは必ず帰ってくる、約束だ。」


腕の中に抱き込んだ私の目を見て今度は静かに、だけど力強くお兄ちゃんは言った。

「ほんとに?」

「ああ。」

「絶対?」

「絶対!」

お兄ちゃんは真っ直ぐに私を見て、そう頷いた。


「お兄ちゃん…。」

「ん?」

どうしてあんなことを言ったんだろう…。私はお兄ちゃんが好き、大好きだったわ。

だけど…



―― 帰って来たら、お兄ちゃんのお嫁さんにしてね ――


口にしてしまった後で、自分でびっくりした。
それはおにいちゃんも同じで、一瞬目を見開いた。

だって、お兄ちゃんは19で私は…12だった。
12なんてお兄ちゃんから見れば子供。

その上、私は病気のせいで健康な同い年の女の子と比べたら
背も低いし痩せっぽち。歳よりずっと幼く見えるはずだもの。

だから…てっきり笑われると思ったの。

でも、お兄ちゃんは笑わなかった。


「じゃあ、ひなたには絶対に元気になってもらうよ。
 女の子は16にならないと結婚できないからな。」


茶化さずに、私を見詰めて真剣な目をして言った。



そして、ヤマトがイスカンダルという星を目指して旅立った後
私はその旅が未知数で、お兄ちゃんが生きて帰って来る保証なんてどこにもないことを知った。

どんな危険が潜んでいるか、わからない旅…。
お兄ちゃんはそんな航海に、私たちのために旅立ったんだ。


そうしてお兄ちゃんが行っちゃってからもうすぐ1年…。



枕元に置いた、お兄ちゃんの写真とネームタグ。

―― 女の子は16にならないと ――

なりたいわ、16に…!
元気になって、そして…

ううん…それは叶うことのない夢…初めからわかっていた…。

お兄ちゃんだって知っていたんだ、私の病気がどういうものかって…。

そして16にはなれなくても、1年先の約束なら叶うかも知れないと。


私のために、私を元気づけるために…お兄ちゃんは優しい嘘をついた。



―― ひなたが16になったら、結婚しよう ――



うふふ…、もしそうなったら日下さんに恨まれたかしら?

日下さんだけじゃないわ、この病院の看護師さんにはお兄ちゃんのファンがたくさんいたのね。
私、全然知らなかったわ。

考えてみると当たり前ね、お兄ちゃん、優しくてカッコよくて…
雑誌なんかにも写真が載るような人だったのね。

私…何も知らなかった。

私、そんな人を独り占めしてたんだ…。
それだけでも…もう…充分よ…

だけど…
お兄ちゃん、本当に本当に会いたかったわ。

あと1週間よね、1週間で帰って来るのね。

あの日の約束通り、また会いたかった。

だけど、許してね…。

私、もう頑張れそうにないの。

少し前から、お兄ちゃんの写真も見えなくなったの。


でも大丈夫。目は見えなくてもお兄ちゃんの顔は見えているの。

お兄ちゃんは、初めて会った時の白いシャツを着て笑っているわ ――。


「ひなた、ひなた!しっかりして!!
 もうすぐよ、もうすぐ加藤さんが帰ってくるのよ…!!」


お母さん…お父さん、ごめんなさい。

私…二人に喜んでもらうこと、何も…出来なかった。

私…、お父さんとお母さんの子供で良かったわ…。

今度…また二人の子供に生まれてきても、いいかしら…?

お兄ちゃん、ありがとう。

本当だったら、私、もうとっくに…
お兄ちゃんのおかげで、楽しい思いいっぱいした。



ねぇ…、今度生まれ変わったら
お兄ちゃんのお嫁さんに…して…ね。



        <終>


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   切ないお話を頂戴いたしました。

   この頃の地球上では同じ病に苦しむ人が老若男女問わず
   それこそたくさんたくさんおられたでしょう。

   ひなたちゃんのように子どもながらに病と闘い
   絶望に負けそうな時に抱いた恋心。
   その狭間で幸せな将来を夢見つつも・・・。

   みーこさん 作品を有難うございました!