「Blue sky, fly high」

1.

 俺たちには、飛び廻る事の出来る「空」は無かった。
 ただ、俺たちに残されていたのは。シミュレーションの中、画面に映し出された蒼(あお)い色、
 プログラムに流れ飛んでいく雲。

 機体が切り裂いていく空気の音…なんて、知らない。

  ◇  ◇  ◇  ◇

 生まれて初めてのワープに、不快感を訴える者多数。おかげさまで、医務室は満員御礼。
 いや…行ったところで即、その不快感が消える訳じゃないのだが。
 どうやら、車に酔うようにその人間の三半規管を狂わせるんじゃ無く、
 それを越えた何処かで気持ち悪い…と感じているらしい。
 その証拠に、三半規管には絶対の自信の在るはずの戦闘機乗りも吐きそうな青い顔して、大挙してお出ましだ。
「俺は、そこまでひどくない」
 そんな中でも加藤は、何と無く…程度で済んでるから大したものだ。
「すっきり爽快、とは言わねえけどな」
「ああ、そう」

 そう返す山本の方は、薬くれ…と医務室に飛び込む必要までは感じないが、
 実は結構…来ていた。正直、あんまり口を利きたくも無い。
 それが不機嫌そうな表情(かお)になって、はっきり表に出てもいた。
 もっとも、本当に不機嫌な理由も1つ有ったのだが。
「…で、腕どーよ?」
 その「不機嫌そう」を今のやり取りに原因が在る…と、加藤は思ったらしい。
 思い出したように…わざとらしく話を切り替える。

「ぶつけただけだ、大した事無い」
 だが、実際はこっちの話題の方が、山本の不機嫌の理由。
 元から不機嫌そうな表情(かお)が、はっきり「不機嫌な顔」になったところで、気付ける加藤じゃない。
 なら良かった…と、当たり前の相槌を打って。
「でも、よ。最初に機をぶっ壊す奴がお前だとは思わなかったよな、俺も」
 そのついでに、今度こそ加藤は虎の尾を踏んだ。

 俺たちには、飛び廻る事の出来る「空」は無かった。
 地下都市(した)に追われて、地上は人間の居られるような場所では無かったから。
 在ったのは、機械の中の作り出す映像だけ。
 実際の機体さえ俺たちは触れる事の無いまま、乗る事なんて在り得ないまま。
 …だから、俺たちは。

 八つ当たりだ、それは分かっている。
「…ってえなあっ!」
「喧(やかま)しいっ!」
 しかし、思いっきり遠慮無く加藤をぶん殴っておく山本だ。
 一つ後悔するとすれば、ぶつけて傷めた利き腕でぶっ飛ばした事。無駄に響いて、余計に痛い。
 これで治りが遅くなったら、加藤の所為だと思っておこう。
 言い訳だ、それも分かっている。
 だが、これまで実機に触れた事が無い。その性能と癖を、実感として持った事も無い。
 それでいきなりの実戦だ、経験値の無さが反応の遅れに繋がった。
 運も有るかも知れない。それでも、結局は自分だけの所為だ、それ以外の誰の所為じゃない。
 実技の成績だけなら、大差無い。知識や理屈より勘を信じる性質(たち)だから、
 座学も含めた総合的な成績なら少しばかり上位(うえ)でも来た。
 それが、これまでの山本の自尊心(プライド)だ。
「俺が一体、何をしたっ!?」
「何にもしてないからだよっ!」
 そう。加藤は何も…ミスは無い、こっちが1人躓(つまづ)いただけ。
 だけど…腹は立つ。

  ◇  ◇  ◇  ◇

「はあ?訳、分かんねえよっ」
「分からなくて良いっ!」
 分かられてたまるか。自分だって、何に腹を立てているのか今ひとつ分かっていないのだから。
「…またかよ」
「艦内(ここ)でも、これが続くのか〜?」
 艦内の大部分が、訓練学校14期。加藤と山本の理由の良く分からない衝突なんて、
 飛行専科だった連中には、校内で既に嫌と言うほど見慣れた風景。
 そこで見せられた成績…実力に、2人に従うのには何も異論は無い。無いが…。

 せめて、そのとばっちりがこっちに来ない事を祈る、一同である。



                                          
                    「ゲストさまのお話」へ         次ページへ
                         戻る