「Blue sky, fly high」
2.
空が、蒼い。真っ先に思ったのは、そんな事だった。
「良いな〜、飛びてえなあ」
窓に映る惑星には、はっきりと緑色した森が見えていた。
その隙間に、湖と川の色。弧を描く地平線、昼半球は大気と雲が光を反射(はじ)いていた。
いつか…映像で見た、蒼い地球の風景。違うのは、海らしい海の見えない事。
「飛べよ。勝手に」
ブラックタイガーにしろコスモゼロにしろ、大気圏内だって充分飛べる構造と性能を持っている。
実を言えば、水の中も不可能じゃない。
空気なり水なりの抵抗の機体に掛かる分だけ、航続距離や速度、運動性は確実に落ちるし。
水中と大気中、大気中と真空の境界で多大な負荷も受けるが。
「俺は、嫌だ。あんな…濃い色の惑星(ほし)なんか」
地球は蒼かった、この星は…緑だ。それもいっそ黒く見えてしまうほど、濃く。
単なる色味の印象だ…と言われれば、それまで。だが…重たく見えてしまうのも、事実。
あの惑星(ほし)では何だか、空気まで重苦しそうだ。機体に、まとわり付いてくるような。
「わがまま言ってるなよ、お前は〜」
「煩(うるさ)いっ」
◇ ◇ ◇ ◇
結局俺たちは、飛べさえすればそこが何処でも良いんだな…と。
今回の奴は大した攻撃能力は持ってなかったようで、1人2人間抜けな奴が喰らった程度。
その意味では、機動性も攻撃能力も高いこちらの独壇場。
これが戦闘だという事を、忘れてしまいそうだ。
「おい、逃げるぞっ」
「…逃げてるって言うか、着陸態勢じゃないのか?」
目視で、ガミラスの基地の在るようには見えない。
生活班長の降下(お)りる以前(まえ)の走査(スキャン)でだって、そういった反応は無かったはずだ。
有ったら、最初っから降下(お)りてない。
「何処に、だよっ?」
「あちらさんに訊いてくれっ」
俺たちはこの時初めて、大気圏突入時のとんでもない負荷の実際を知った。
まだ、しぶとく沈み切らない艦を追い掛けて。歪む視界に、目視も利かない。
ひどい雑音(ノイズ)に、計器の表示もアテにならない。
知識は、経験を凌駕出来そうにない。
追い掛けてくる必要までは、無かったかも知れない。
回復した視界と計器に、正直ほっとして。
だが、息吐く暇も無くこの目に飛び込んできたのは、追ってきた艦のようやく爆発炎上するところ。
どうやら、大気圏外での攻撃に致命傷は与えていたが…
ほんの少しだけ場所が悪く、即死させられなかっただけらしい。
古代の声が聞こえてくる。但し、編隊(おれたち)に対してでは無く母艦(ヤマト)に向けて。
地上に、生活班長とセクハラロボットを視認した…と。
…流石は「恋する青少年」、目敏(めざと)い。
いつでも何処でも、惚れた相手の姿を探してるのか…と。
妙に冷静に感心して、その上に納得してしまった山本である。
一瞬の間が空いて、相原の声。
取り敢えず攻撃だけで出撃(で)たはずが、この瞬間に救助(レスキュー)に切り替わった。
降りる事は簡単だ。次に飛び上がる事を考えないなら、森でも山でも…死なない程度に突っ込めば良い。
しかし、それは不時着…とも言う。迷子の2人を拾って、離陸出来なきゃ意味が無い。
「だ〜っ、何処に着陸(お)りろってえっ?」
…何で、こう。森ばっかりなんだ、この惑星(ほし)は。
欲しいのは「滑走路」だけじゃない。
こっちは全隊で出てきているのだから、それを並べて停めておく広さだって要る訳だ。
◇ ◇ ◇ ◇
直前、相原から「艇を廻す」との通信。
まあ…そりゃ、そうだろう。こっちは単座(シングル)ばかり、複座(タンデム)で出撃(で)てきていない。
2人を拾っても、それを積み込むスペースが無い。
アナライザーなら機体の何処かにしがみ付かせといても死なないだろうが、雪は…そうはいかない。
だから、艇を出す…というのは真っ当な判断だ。
「アナライザー!、早く来いっ!」
怖がってたらしいくせに、何だか…ご立腹な生活班長は。
戦闘班長の手を引くように、さっさとあの場を離れてくれたから問題無い。
だが、こいつは何故だか急ぐ様子無く、とろとろ…としてようやく追い付いてきたから。
「死にてーのかっ、この…馬鹿っ!」
加藤がその手を掴んで引っ張る、相手も別段逆らわずにその勢いが追加される。
「雪より美人が居て、口説かれた訳じゃねえだろうっ!?」
…って、待て。その例えは、何なんだ?
雪なら疾(と)うに乗り込んだ艇に、今ようやくアナライザーを放り込んで。
◇ ◇ ◇ ◇
「いや…あんまり『帰りたくなさそう』だったろ」
加藤の曰く。
水や他の事までは分からないが、大気成分は以前の地球と遜色無い。
あの環境下ならメンテナンスの途切れたところで、そうそう簡単に錆びも壊れもしないだろう。
だから、もし。アナライザーが「ここに居たい」と言うなら、それも良かったのかも知れない。
だが、しかし。
「あの惑星(ほし)の『お姉ちゃん』が、アナライザーの好みに適うと思えなくてな」
だから、その点を突付いて思い止(とど)まらせよう…と思ったらしい。
まあ…確かに。地球人の感覚での「人間」とは、かなり懸け離れた連中だった。
触覚だの羽だの見る限りは、哺乳類じゃなくて昆虫からの進化だ。
アレに恋情持てるのは、生物学者と昆虫マニアくらいだろう。
「…何か、違う気がするぞ」
それでも山本は、自分の感覚の方が正しいような気がした。
…そう言えば。
「飛びたい…ってのが、叶ったじゃないか」
昔の地球を思わせる見た目に、加藤は飛びたいと言っていた。
2人の遭難で、図らずも願った通りになった訳だ。
「アレは、飛ぶとは言わねえよ。不時着して、離陸しただけだろうが」
「それも、そうか」
それでも…日暮れたばかりの頃に、満天とは言えないが目立つ星の一つや二つ。
追ってきた艦の炎上に照らされて、夕焼けのようにも照る低空。
永い地下暮らしに、忘れ掛けていた…いや忘れていた風景。
「…イスカンダルに着いて、帰還(もど)ってさ。そしたら、ああいう空も飛べるかな?」
「飛べるだろ。死ななきゃ、な」
蒼さを取り戻して、生き続けられる事が確定した地球で。
「…そうだよな」
地球に生まれて育って、翼を持ちながら…その空を飛ばずに終わるなんて、嫌だ。
勿体無い話だ、そうじゃない場所ならこれだけ飛んでもきたのに。
「でも、そん時は俺は1人で飛ぶからな」
「え〜?何でだよっ」
途端に騒ぎ出す加藤を、腕の長さの分だけ遠くに押しやっておいて。
「地球に戻ってまで、どうしてお前の面倒見なきゃならないんだよっ!」
後は、聞こえない振りをした。
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